僕はここ数年間、
自分が勤める会社や社員の働き方は少し異常じゃないか、
自分はその流れに乗ってはいけないんじゃないか、
と思い続けてきました。
その思い、今回の事故で一層確信しました。
JR宝塚線の事故をウォッチしていくうちに、
JR西日本を一方的に糾弾する報道に違和感を覚えました。
何故だろう、と考えていたときに、
とある被害者の遺族の方のインタビューを眼にしました。
「運転手が悪いんじゃない。
これは今の日本社会の緩みが起こした事故だ」
あっ、と思いました。
僕もほとんど同じ考えだったのです。
ただ、僕は日本社会の「緩み」ではなく、
「縛り」が起こしたのではないかと思います。
JR宝塚線の事故に対する、各国鉄道会社のコメント。
「列車遅延とは、
終点に到着するのが著しく遅れることを意味する。
よって途中駅の到着遅れはこれに含まない」
「列車遅延を起こした場合、
運転手に事情を確認するが処罰はしない。
ただし、速度違反は厳しく処分する」
(ニューヨーク地下鉄)
「列車はその特性上、遅れることはやむを得ない。
通常の運転で回復できない遅れが発生すれば、
それは放置しておくしかない」
(フランス国鉄)
各種マスコミは、この事故の続報でもちきりです。
どうやら今回の事故、
数々の悪条件が1点に集まってしまったことによる、
必然的な事故であることが分かってきました。
昨日のJR宝塚線の脱線事故を、ずっとウォッチしてます。
当初「踏切で乗用車と衝突し、脱線」と伝えられたこの事故、
どうやらカーブでのスピードの出し過ぎによる
単独脱線の疑いが濃くなってきました。
鉄道の曲線部分には遠心力を軽減するため、
「カント」と呼ばれる内側への傾きがつけられています。
競輪やレースのオーバル(楕円)コースにみられる、
すり鉢状の傾斜と同じようなものです。
さらに車輪には「フランジ」と呼ばれる出っ張りが、
レールの内側にはまるようにつけられています。
障害物のない状態でレールから外れるには、
車重をはるかに超えるだけの遠心力をもって、
「カント」に逆らって外に転覆するしかないはずです。
いったいどれだけスピードオーバーしてたのか・・・
まさに自滅、あり得ない自滅です。
JR宝塚線が大事故を起こしてしまったようです。
出勤前、テレビのワイドショーをつけていたら、
番組終了間際に第一報が入ってきました。
よく知ってる路線ですし、
知人友人、親戚がたくさん住む関西だけに、
誰か巻き込まれていないか、かなり心配です。
おそらく、まだまだ死傷者の数も増えるでしょう。
正直、今日一日は気が気でありません。
車窓から差し込む朝日に目が覚めました。
時計を見る限り、とっくに岡山は出て今は伯備線内。
あと米子まで2時間強。もう少しウトウトできるはず。
そう思ってまどろんでいるところに、車内放送。
「まもなく、岡山です」
えっ?
いま、米子行の寝台特急「サンライズ出雲」の車中です。
明日は広島の山あいにある叔父の墓に、父と久々に参ります。
とてもかわいがってくださった叔父なのです。
本当ならゆっくり車窓を眺めながら、
ビールでもやってのんびりと行きたいところなのですが、
メチャクチャ仕事を抱えているため、車中でも仕事続行。
そのため、A寝台個室を奮発したのですが、これが素晴らしい!
現在、カナダに出張中の奥さんからメールが来ました。
ホテルの部屋にブロードバンドが来ているらしく、
ライブレポートみたいなメールを送ってくれます。
東京で鬱蒼としている身には、いい刺激です。
いろいろ悩みながら頑張っている様子が
生き生きと綴られているメールを読んで、
月並みな言葉ですが「僕も頑張ろう」と思いました。
しかし、ひと昔前なら海外出張中の家族との連絡は
国際電話しかなかったのに、
今やこんなに気軽に連絡し合える時代になりました。
技術の進歩は必ずしも人を幸せにしない、
と言われますが、これは手放しに喜んでいいことですね。