って大げさなタイトルですが、
要するに「誤解を受けるコピーはマズイな」ってこと。
某社の高級車のコピーで、
「かつてゴールだったクルマが、いまスタートになる」
というのがあります。このクルマは大昔に
「いつかは○○○○」
というコピーがついてた一種の「あがり」クルマで
何回モデルチェンジをしても大筋は変わりませんでした。
だからオーナーがどんどん高齢化して、
イメージもどんどん陳腐化していたわけです。
だから今回のモデルチェンジは社運をかけるつもりで
イチから見直し、生まれ変わったクルマを作った。
それを伝えたいがための新コピーなんです。
ところが今日、このクルマのターゲットに入る某知人と
話をしていたところ、彼がこのコピーについて
「あのコピーは、正直辛い」
と言うではありませんか。理由を聞いてみてビックリ。
「あのクルマは自分たちには憧れだったし、
あの価格では正直言って今も手が届かない。
なのに、あれがスタートだなんて言われたら、
自分はこの年になってスタートにさえ立てないのか、と凹む」
なるほど、そういう捉え方もあるか。あるわな、あるある。
新たなる挑戦を宣言するはずのコピーが、
今までの人生を否定するコピーになっちゃってる。
これは書き手から言わせれば被害妄想かも知れないし、
卑屈な視点で論じられても困る、ということかも知れません。
ただ、勝ち組負け組という意識が蔓延している今の世の中、
裏から物事を捉える人が多くいるということは
忘れてはいけないな、とあらためて思った一件でした。